私は、昭和44年に九段高校から新宿高校へ来ました。新校舎が完成して移転した年で、雨が降
れば教室によっては天井から雨滴が落ちてくる、おんぼろの旧校舎で授業を始めました。学校群
制度が始まっていましたが、名門新宿高校ではあるし、紺の背広の九段高校生とは違い、黒い詰
襟の学生服を着た生徒たちは、私にはいささか威圧感がありました。秋にはいわゆる学園紛争が
始まり、いろいろありました。
25回生は私が最初に担任をした生徒で、紛争の余波もあって二人担任制をとり、私は鈴木大典
先生とB組を担当しました。その後2回担任をしましたが、最後のクラスは1年だけで、合計9年
在職して、東京家政大学へ移りました。
教えていたときは、それほどとは思わなかったのですが、後になって、やはりエリート集団を
教えていたことを実感しました。お世辞ではありません。それに、先生方それぞれが個性的で人
間味があり、立派な学識を備えておられたことも実感しました。教師としては恵まれすぎていた
ようです。
東京家政大学には7年いて、専修大学の英語英米文学科へ移り、19年目の2003年度が最後で定年
退職となります。その間、イギリスへ1年間留学、高校の教科書を作り、学会活動をやり、研究社
から出ている高校生向きの英和辞典2冊の編集・執筆もしました。
現在は、インターネットで英米を中心に教育の動きを追っています。日本とちょうど逆の動き
をしているのを知り、不安から追い始めてついにはとまらなくなりました。日本もうかうかして
はいられません。しっかり将来を見つめて本腰を入れて取り組まないと、大変なことになります。
教育も社会の中枢を担っている皆さんの肩にかかっています。健闘を祈ります。
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