昨年11月15日、昭和27年より35年間にわたり新宿高校体育科で教鞭をとられた須田一
先生が脳溢血のため亡くなられました。享年77歳でした。
先生には高校を卒業し、OBとして臨海教室に参加するようになってから並々ならぬ御世話
を頂き、高校の先生というより塩見寮の寮長としての思い出が強く残っています。
毎年400人近くの生徒が参加する臨海教室で、一度も事故を起こしたことの無いのが先生
の自慢で、OBが失敗をやらかす度に「御前等が怪我をするのは勝手だが、生徒に怪我をさせる
ようなことだけはしてくれるな」と諭されるのが常でした。
お酒の好きな方でしたが、臨海教室で生徒がいる間は一滴も口にされませんでした。やがて
一つの期が無事に終わり、担任の先生が生徒を引き連れて塩見を後にすると、何処からとも無
く一升瓶を持ち出し、後片付けをしているOBを尻目に、ちびりちびりと飲っておられました。
そして、宴会の最後は先生の十八番「あざみの唄」。
後年、先生のお宅にお邪魔した際、「お前もその細い体でよく頑張って、臨海教室の指導して
くれた」とお褒めの言葉を頂き、失敗ばかりを繰り返した我が身をかえりみて、恐縮したこと
を覚えています。
塩見の海と臨海教室をこよなく愛されていた先生。今年も何処かで生徒たちを見守り続けて
くれることでしょう。
六中出てから 拾余年
今じゃ塩見の 古だぬき
一声号令 かけたなら
集いし子だぬき 五万匹
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